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文化・芸術

大ブルックナー展。

そういえば、最近オーケストラの響きから離れていた。
そんな時、兵庫県立芸術文化センターから届いたパンフレットに目が留まる。

井上道義さんの「大ブルックナー展」。
第5回は第5番、第6回(最終回)は第9番。
どちらも私がこよなく愛する名曲。
幸いどちらも土日開催なので、迷うことはない。
いざ行かん、芸術文化センターへ!

途中下車して昼食を頂いた後、西宮北口駅に降り立つ。
クラシックグッズを販売する「レオノーレ」が4月からフェスティバルホールへ移転する告知を見て寂しい気持ちになりながらも、長い連絡通路を通り抜けて芸術文化センターで開場を待つ。
開場したら、もちろんホワイエに直行。
数人前の客がビールを片手にテーブルへ向かうのを見て、私も喉を潤しほろ酔いになるためビールを注文。
アサヒビール西宮工場が近隣にあった縁が続いているのか、出てきたのはスーパードライプレミアム。
エクストラコールドであればなお良いのだが、贅沢は言うまい。

1曲目は、井上道義さんが自ら作曲した「鏡の眼」を披露する。
ショスタコーヴィチが得意な井上さんらしい、陰陽の差を感じさせながら程よい余韻を残してくれる表現。
もっと我が国の指揮者も自作を披露してオーケストラ音楽の新たな可能性を示すことが出来るはずだ。
私にプロのオーケストラを指揮する事が許されるのであれば、自作ではないが小室哲哉さんの「天と地と」か「マドモアゼル・モーツァルト」を指揮して、我が国のオーケストラ音楽の一面を披露したいところだ。

2曲目のメインディッシュに入る前に、再びホワイエに向かう。
ビールグラスを傾けながらホワイエを運営するレストランのLINE IDを友達登録するとフィナンシェが無料で頂けるとあり、珈琲を注文してフィナンシェを頂けますかと尋ねたら、それはレストランの喫茶営業のみのサービスだと言われ、激しく落胆。
この場所で受けられないサービスをテーブルにPOP掲示するのは、いかがなものかと姿勢を問い質したい。

井上さんのブル5は、縦筋が揃い、ややゆったりとしたテンポで進め雄大さを示そうとしている。
珍しく金管・木管も外さず気持ち良くブルックナーの世界に浸っていたが、残念ながら時折やはり管楽がここぞという決めの一発に限って外してしまう。
時折踊るようなタクトを見せつつ、全身全霊でオケを奮い立たせる指揮は、フィナーレで見事にファンファーレを解き放ち、ファンファーレが終わるや否や放たれるブラボー砲も気持ち良くホールに響き渡る。

なお、井上さん自身の当日の想いがブログで公開されているので、ご参考までに。
http://www.michiyoshi-inoue.com/2017/01/_vol5.html#blog


(公演情報)

開催日 2017年1月21日(土)
開演 15:00 (開場 14:15)
会場 芸術文化センター KOBELCO大ホール

これぞ交響曲のカタルシス!
井上道義指揮と大阪フィルハーモニー交響楽団による、ブルックナー・シリーズ第5回。
今回は、ブルックナー・ファンの間で“最もブルックナーらしい交響曲”として人気の高い第5番です。
アルプスの山塊を思わせる壮大なスケール感。息を呑むほど精緻に積み上げられた響きの美しさ。そして辿りついた終楽章、鳴り響く壮麗かつ雄大なコラールは、まさに天界の響き!
交響曲が好きなら、いつか制したいブルックナー第5番。ぜひ、この機会にその神髄に触れていただきたいと思います。

指揮 井上道義
管弦楽 大阪フィルハーモニー交響楽団

プログラム
(1)井上道義:鏡の眼
(2)ブルックナー:交響曲 第5番

オフィス街の小さなホールに響く、ショパンの調べ。

そもそものきっかけは、LINEから届いた1通の投稿。
ザ・フェニックスホールを管理するあいおいニッセイ同和損害保険が、年末年始にクラシックを聴きませんか?とPR。
そういえば、そんなホールの名前を見たことがあるような…

社外会議の休憩中に投稿を見てしまい、さっそくコンサート日程を「関西クラシック音楽情報」で確認。
すると、何という偶然か、会議が終わったあと、オールショパンピアノコンサートが開催されるようだ。
しかし、今日は訳あって某ラーメン屋に立ち寄らねばならない。
何気なくtwitterを見ると、その某ラーメン屋が材料切れで夜の営業は臨時休業とのツイートを投稿したところ。
こうして、運命の扉は開かれた。いざ、フェニックスホールへ!

梅田駅から数日前に別件で歩いた御堂筋を再び同じように歩き、歩道橋を渡ったところにあるビルの入口。
中に入るとテーブルに当日券が並べられており、無事買い求める事が出来る。
18時30分に開場するまで、しばらく列に加わり待つ。
開場時間になると、白い衣装を纏ったホール案内嬢が深々とお辞儀。
チケットチェックが終わると次々と観客が細いエスカレータに吸い込まれてゆく。
2階のホワイエを横目に、まずは座席の確保。今回のコンサートは全席自由席だ。
3階か4階か迷うが、小ぢんまりとしたホールなので4階テラス席の最前列でも十分楽しめる。
席に鞄を預け、2階のホワイエに向かい、赤ワインでほろ酔い気分になる。

今回のプログラムは、ジョルジュ・サンドに出会う前と別れてからの晩年に分かれている。
口の悪い関西人の藤井さんは「人の幸せが嫌いなので」と理由を語る。
しかし、スタインウェイから響く藤井さんの奏でる旋律は、見事に祖国ポーランドへの望郷を語るショパンの声。
そういえば、ピアノリサイタルは20年以上ぶりになるだろうか。
オワゾリール会のチェンバロコンサート以来かも知れないから、そうであれば30年ぶりになる。
曲への思いと解説を関西人らしく笑いを交えながら語りつつ、ショパンの調べを堪能。

全曲が終わり、アンコールの拍手に招かれて藤井さんが再登場すると、部隊後ろの壁が上がる。
すると、ガラス張りのから御堂筋の夜景が広がり、幻想的なステージに早変わり。
車のライトが流れる背景と、ピアニストの演奏が、不思議な世界を作り上げる。
小さな会場ではあるが、大きな満足を思いがけず得ることが出来、荒んだ心が少しは癒されただろうか。

【詳細】
藤井快哉ピアノリサイタル
プレイズショパンⅡ
2016 12/20(火)19:00開演

藤井快哉が今年もショパンに挑む。
テーマは、ジョルジュ・サンドに出会う以前の音楽性、そして晩年の作風。
ショパンの生涯を語る上で欠かせない人物、それは1838年から1847年までを共に過ごした文筆家ジョルジュ・サンドである。
常識では計り知れないサンドの個性は、ショパンに計り知れない影響を与えた。
では逆に、サンドに出会う前のショパンはどのような音楽を描いていたのか、
そしてサンドと別れてから死ぬまでの2年間はどのような作品を残したのか。
この興味深いテーマに挑むのが当公演最大の魅力である。

出演
藤井快哉(ピアノ)

曲目
▼オールショパンプログラム:
夜想曲第8番変ニ長調op.27-2、
スケルツォ第2番変ロ短調op.31、
ワルツ 第9番「告別」変イ長調 op.69-1、
バラード第1番ト短調op.23、
3つのマズルカop.59、
舟歌 嬰ヘ長調op.60、
幻想ポロネーズ 変イ長調 op.61
(アンコール)子守唄 op.57

児玉宏音楽監督、最後の渾身。

第200回 記念定期演奏会 創立35周年記念シリーズ
≪軌跡② ~息子と父~≫

2016年2月24日(水)19:00開演
ザ・シンフォニーホール

指  揮 : 児玉 宏(音楽監督・首席指揮者)

ジークフリート・ワーグナー : 交響詩「憧れ」            
リヒャルト・ワーグナー   : 楽劇「ニーベルングの指環」より“抜粋”(児玉宏編)

◆児玉宏編による「ニーベルングの指環」
(全曲は切れ目なく接続され演奏される)


■序夜「ラインの黄金」

【ストーリー主旨】

アルベリヒがラインの黄金から作った指環が、ヴォータンの手に渡り、それが巨人ファーフナーに与えられ、神々が永遠の繁栄を信じつつ、虹の橋を渡って夕陽に輝くヴァルハルに入城して行くまでが描かれる。幕開きのライン河底の場は「生成の動機」と「ライン河の動機」を中心に盛り上がる、壮大なドラマの開始にふさわしい音楽で彩られる。

【音楽】

第1場より 
序奏、ラインの河底━━ラインの乙女たちの歌━━アルベリヒが乙女たちを追う━━ラインの黄金が明るく光を放ち始める━━アルベリヒが黄金を強奪する━━河底は暗黒に━━第2場への移行の音楽

第2場より 
天上の神々の世界の場面冒頭の音楽


■第1夜「ヴァルキューレ」

【ストーリー主旨】

大神ヴォータンが地上に送り出した英雄ジークムントは、生き別れとなっていた妹ジークリンデとめぐり会い、結ばれるが、彼女は粗暴なフンディングに奪われ、妻となっていた身だった。婚姻の女神フリッカの抗議を受け、ヴォータンはやむなくジークムントを見殺しにする。だがヴァルキューレの1人ブリュンヒルデは、父ヴォータンの本心を知り、その命に叛いてジークムントを助けようとし、辛うじてジークリンデを東の森の奥深くへ逃亡させた。ヴォータンはブリュンヒルデを罰するが、愛する娘の願いを聞き入れ、魔の炎で囲んだ岩山に彼女を眠らせる。

【音楽】

第1幕より 
ジークムントとジークリンデの愛の二重唱

第2幕より 
2人の逃避行━━追手の恐怖に慄くジークリンデ

第3幕より 
ヴァルキューレの騎行━━ヴァルキューレたちの逃走と第3場への移行の音楽━━ヴォータンの告別


■第2夜「ジークフリート」

【ストーリー主旨】

ジークリンデが森の中で産んだ男子は、恐れを知らぬ英雄ジークフリートとして成長していった。彼はファーフナーを斃して指環を手に入れ、ブリュンヒルデを岩山から救い出して妻とする。ヴォータンは秘かに喜び、アルベリヒの野望を打ち砕くため世界を彼に託し、みずからは後見の立場になることを夢見ていた。

【音楽】

第3幕より 
ヴォータンとジークフリートの対決━━ジークフリートはヴォータンの槍を折る━━炎を超え岩山へ向かうジークフリート━━ブリュンヒルデの眠る岩山の頂上

■第3夜「神々の黄昏」

【ストーリー主旨】

だが、アルベリヒが地上に送り出した息子、邪悪な豪勇ハーゲンが、隙を衝いてジークフリートを暗殺した。ヴォータンの目論見は無に帰したが、ブリュンヒルデが全てを救済する・・・・。

【音楽】

序幕より  
夜明けとジークフリートのラインへの旅

第1幕より 
ハーゲンの見張り

第2幕より 
ハーゲン、ギービヒ家一族に下知

第3幕より 
ハーゲン、ジークフリートを暗殺━━ジークフリートの葬送行進曲━━第3場冒頭の音楽━━ブリュンヒルデの自己犠牲「太い薪をラインの河辺に積み上げよ」━━同「彼は太陽の如く輝き」━━同「鴉たちよ、飛んで行き、主人に伝えよ」━━同「歓喜する炎がお前を誘う」━━終曲 ライン河の氾濫、ライン河に戻る指環、ヴァルハルの炎上と神々の終焉

(大阪交響楽団ホームページから引用)

2007年の児玉宏音楽監督就任発表定期演奏会から8年あまり。
何度か定期演奏会に足を向けてきたが、今回が音楽監督としては最後の定期演奏会。
来年度から音楽アドバイザーに就任する旧態依然とした指揮者には期待していないので、しばらく大阪交響楽団の演奏からは遠ざかることになりそうだ。

児玉音楽監督から発せられたメッセージが、ワーグナー親子の楽曲に込められている。
もちろん明確には何も述べられてはいないのだが、長年大阪交響楽団に関わってきた児玉さんの想いが滲んでいる事だけは確かだ。

お昼過ぎまで、会社のとあるイベントの準備に取り掛かっていた。
そのイベントでリーダーとなった年には何かが起こる予感。オリンピックが開催される年にも何かが起こる予感。
そんなイベントが雨天となった時の備えも必要だということで、休暇を取り確認事項を把握。
確認作業を終え、バスで垂水に出て居酒屋ランチを頂き、直通特急で梅田を散策したあと福島へ向かう。
まだ開場まで時間に余裕があり、シンフォニーホール近くの居酒屋で一日中提供しておられる定食メニューと生中で一息つく。

開場すると脇目もふらずホワイエに向かい赤ワインのグラスを傾ける。
次第に暮れなずむ景色を眺めながら、程よく微睡んでゆく。

息子の作品は、まさに父に対する憧れを滲ませる美しい旋律が続く。
時折父の作品に見られる特徴の片鱗も伺えるが、現在ほとんど演奏される機会がないのもむべなるかなと思える。
歌劇も今日ではほとんど取り上げられる機会はないが、彼の最大の功績はやはりバイロイト音楽祭を継続したことにある。
伝統は途絶えさせるのは容易いが、復活するには非常に大きな労力を伴う。その彼の功績が、あとで演奏されるニーベルングの指環に繋がってゆく。

休憩中は、白ワインを嗜み酔いが深まる。
ニーベルングの指環ハイライトは、馴染み深いモチーフを楽劇のストーリー順を守りながら散りばめて1時間ほどの楽曲に児玉さん自ら仕上げた作品。
本場ドイツにおけるオペラ指揮の経験もある児玉宏音楽監督が放つ、渾身の表現に圧倒されるばかり。
大阪では後発のオーケストラで正直実力も発展途上だった大阪交響楽団を、この作品の魅力を引き出せるところまで磨き上げた児玉音楽監督の功績は非常に大きい。
来年度から就任する音楽アドバイザーにより、微温湯オケに成り下がらないことを願うばかりだ。

飯守さんのブル6。

2016年3月5日(土)

飯守が紡ぐ誠実な響き…音楽への感謝に満ちたブルックナー
第272回 定期演奏会

14:00開演(13:00開場)ザ・シンフォニーホール
13:40~ 指揮:飯守 泰次郎によるプレトーク開催!

主催:関西フィルハーモニー管弦楽団
協賛:大塚製薬株式会社
特別協賛:ダイキン工業株式会社
文化庁文化芸術振興費補助金(トップレベルの舞台芸術創造事業)

指揮:飯守 泰次郎
ピアノ:アレクサンドル・タロー

[プログラム]

●モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467
~ 飯守泰次郎&関西フィル、ブルックナー交響曲全曲ツィクルス第6回 ~
●ブルックナー:交響曲第6番 イ長調

【以上、関西フィルハーモニー交響楽団ホームページから引用】

恒例となった飯守さんのブルックナーも第6回。
いよいよ後半の大作を控え、中盤の名曲との狭間で知名度が低めの第6番を演奏する。
知名度が低いためか、ブルックナーならではの版の問題もこの曲にはないため、耳に慣れたメロディを堪能出来そうだ。

昼食を近くのお店で頂いたあと、13時の開場とほぼ同時に入場。
もちろん一目散にホワイエへ向かい、まず赤ワインでほろ酔い。
飯守さんのプレトークは、いつもながらの含蓄のある語り口。平易なモーツァルトのピアノコンチェルトと馴染みないブルックナーのシンフォニーの対比も面白い。

一息ついて、まず前半のモーツァルト。
後期8曲の好みは、20番・24番>27番・26番>23番>22番・25番>21番…ようはハ長調という単純な調性の楽曲にあまり魅力を感じない。
そんな曲ではあるが、円熟期を迎えたソリストは流暢にメロディを紡ぎ続ける。
飯守さんの温和な表現とも相まって、平坦な楽曲を穏やかに楽しむことが出来た。

中休みは再びホワイエに向かい、白ワインを傾ける。
平日の定期演奏会で眺める夜景とは異なるが、夕暮れの窓際でワイングラス片手にまどろむのも悪くない。

後半はブルックナーの6番。
タンタタタタ、タンタタタタと続くリズムに乗せて原始霧のトレモロと管楽器の咆哮が繰り返される雄弁な語り口のブルックナー。
淡麗な演奏よりも、やはり骨太で雄弁な方がこの曲の場合は好みだし6番の魅力を引き立てる。
最初に耳にしたのがミヒャエル・ギーレンの切れ味抜群の演奏だったのは幸運な出会いだったと改めて思う。
変に重厚にゆったりとした演奏であれば、今日この演奏を聴きに行こうという意欲すら沸かなかったかも知れない。
6番の知名度の低さも、もしかするとブルックナーファンでさえ同じ思いを抱いている可能性すらある。

終演後は、何度も舞台に現れ、楽員たちを丁寧に労う巨匠らしからぬ気遣いすら見せる。
あと3曲残っているが、可能であれば全て聴きたいところだ。

朝比奈先生(2代目)のブルックナー。

「甘き夢に浸って」第72回定期演奏会

【曲目】

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64
ブルックナー 交響曲第4番 変ホ長調 ロマンティック(ノヴァーク版第2稿)

指揮 朝比奈 千足
ヴァイオリン 吉本 梨乃

2016年6月11日(土曜)
4:00PM開演(3:30PM開場)
神戸文化ホール・大ホール

【以上、神戸フィルハーモニックWebPageから引用】

一昨年の第68回定期演奏会以来となる神戸フィルハーモニックの演奏会。
曲目に惹かれて前売券を購入してしまう。

2時間ほど早く神戸文化ホールに到着してしまい、しばらく1階のベンチに腰掛け汗を引かせる。
15時前には2階ヘ続く階段に入場待ちの列が出来始めたのを目にして、私もその列に加わる。
右から2列目の中段に加わり、徐々に左へ次々と列が加わってゆく。
15時30分開場の予定だったが、10分早く入場が始まり、中段通路側に席を確保。
開演前恒例のロビーコンサートは5重奏編成。「ゆうがたクインテット」など親しみやすいメロディが心地良く流れ、開演に向けて気分が高まる。

16時に開演ベルが流れたあと、朝比奈先生が登場してプレトーク。
お坊ちゃま育ちのメンデルスゾーンや、田舎の純朴かつ敬虔なクリスチャンだったブルックナーについて、面白く紹介される話術はさすがとしか言いようが無い。
朝比奈先生が一旦幕引きしたあと、オーケストラメンバーが壇上に現れ、続いて今回から正式にコンサートマスターに就任した栄嶋さんが登場して拍手を浴びる。
最後に朝比奈先生と弱冠13歳の若きソリスト・吉本さんが登壇。
会場が鎮まり、トレモロとともに有名なメンコン(メンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトの略称)の導入部が美しく奏でられる。
冒頭から管楽器が音を外してくれるのが気になったが、吉本さんは堂々と歌い上げオケを逆に引き締めているようにさえ思えた。
終演後は何度も朝比奈先生に迎えられ拍手を浴びる吉本さん。今後の成長が楽しみだ。

休憩中、ロビーでホットコーヒーを嗜んでいると、拍手が聞こえる。
演奏を終えて一息ついた吉本さんが中学生の顔に戻り安堵の表情を浮かべている。
市民オケとはいえ1,000人以上の観客の前で演奏するプレッシャーは私もかつての経験から想像出来る。お疲れさまでした。

休憩後、いよいよブルックナー。
11曲の交響曲の中では比較的親しみやすい曲ではあるが、それでも1時間以上を要する大作だ。
こちらもコンマスが激しく弦を揺さぶり統制が取れている弦楽器に比べ、度々見せ場で音を外す管楽器が気になって仕方がない。
ブラスバンドなど優秀な管楽器奏者が少なくないはずの我が国で、なぜプロオケも含めて時折管楽器で残念な思いをしなければならないのか不思議で仕方がない。
ブラスバンドからオーケストラに進む方が少ないのかも知れないが、もったいない話ではある。
一糸乱れぬベルリン・シュターツカペレの見事なアンサンブルを2月に堪能したところなので、余計に我が国の管楽器を案じてしまう。
指揮姿や表現は偉大な父の壮大な演奏を髣髴とさせる朝比奈先生の指揮は見事で、よくぞ市民オケでここまでの演奏を実現させたと感心する。
終演後、数回拍手を浴びたあと、第3楽章のワルツを再演して締めくくったことだ。

巨匠バレンボイムの円熟した名演。

日時 2016年2月3日(水) 19:00開演
会場 フェスティバルホール
出演
管弦楽:
シュターツカペレ・ベルリン ~ベルリン国立歌劇場管弦楽団~
Staatskapelle Berlin
指揮・ピアノ:
ダニエル・バレンボイム
Daniel Barenboim
演奏曲目
ソリスト:ダニエル・バレンボイム(ピアノ)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466
W.A.Mozart: Piano Concerto No.20 in D minor K.466
モーツァルト:ピアノソナタ第10番 K330 第2楽章 アンダンテ・カンタービレより(アンコール)
ブルックナー:交響曲第3番 ニ短調 『ワーグナー』 WAB103 (※1)
Bruckner: Symphony No.3 in D minor WAB103
※1)エーザー版(1877)

私が初めてバレンボイムの演奏に接したのは、小学6年の秋。
当時通っていたピアノ教室で毎年恒例となっていたクリスマスの連弾発表会。
この年に先生から指定された曲が、モーツァルトピアノ協奏曲第26番「戴冠式」第1楽章だった。
もちろん弾くのも聴くのも初めて!
これをきっかけに購入したカセットテープ(!)が、バレンボイム&イギリス室内管弦楽団盤だった。
若々しい才能溢れるバレンボイムの弾き振りに聴き惚れてしまい、以後バレンボイムの録音に接する機会が増えた。

あれから30年あまり。
多くのバレンボイムのCDやDVDを拝見してきた。
特にブルックナーやモーツァルトの演奏は、他の追随を許さない存在だ。
しかし、なかなか実演に接する機会は得られなかった。
この30年間にも何度か来日しているはずなのだが、若い頃はチケット代が高嶺の花で手が届かず、就職してからは日が合わなかったこともある。
そして今回、モーツアルトピアノ協奏曲第20番とブルックナー第3番というプログラムで、大阪でもフェスティバルホールで1日公演が実現した。
東京ではブルックナーチクルス(交響曲全曲演奏)が行われるようで羨ましいが、大阪でもバレンボイムの演奏に接することが出来るのは望外の喜びだ。
この機会を逃すと、次がある保証はどこにもない。
昨年チケット一般発売が行われたその日にネットで座席を確保。
当日は有給休暇のつもりでいたら、ちょうど平日ウォークの1ヶ月前下見が迫っていることもあり、夕方までは下見、それから大阪へ向かうことにした。

当日、平日ウォーク下見がほぼ予定通りのペースで終わる。
東へ向かい、阪神梅田からドーチカを通り抜け中之島へ。
夕食をどこで頂こうか迷っていたら、フェスティバルホール界隈に有名なラーメン屋があるのを思い出す。
「世界一暇なラーメン屋」という妙な名前ではあるが、名前とは裏腹によく繁盛したお店。
魚介の風味が効いたラーメンを味わい、いよいよフェスティバルホールに足を踏み入れる。

建て替え後のフェスティバルホールに入るのは初めて。
建替え前は、安室奈美恵さんのコンサートを嫁と見に来たのが唯一だったような気がする。
伝統の赤絨毯が敷かれた階段を上ると、既に多くの客が入場しようと急いでいる。
荷物をクロークに預け、身軽になってチケットを見せて入場。
1500円の公式パンフレットも当然購入。
ブルックナー交響曲各番の説明も詳しく、購入した甲斐がある。

3階席の座席を確認し、ホワイエに戻り赤ワインを頂こう。
シンフォニーホールのホワイエに比べると購入カウンターが広いので、多くの客が並んでもスムーズに進む。
立席テーブルで中之島の夜景を窓から眺めつつ、ほろ酔い気分に染まる。

席に戻り、いよいよ開演。
舞台左側からバレンボイムが登場する姿を見るだけで感無量。
舞台中央のピアノに腰掛け、ピアノ独奏が始まるまではタクトを取り続ける。
思った以上に芳醇な演奏と、一糸乱れぬオケの技量に感心するばかり。
バレンボイムのピアノは時々ミスタッチも見受けられるが、円熟味極まる表現の前には些細なことだ。
カデンツァも事も無げに駆け抜けるのはさすがとしか言いようが無い。

終了後、一般参賀を経てアンコール。
モーツァルトピアノソナタ第10番第2楽章とのこと。

アンコールが終わると、20分間の中休み。
再びホワイエに向かい、今度は白ワイン。

そしてお待ちかねのブルックナー第3番。
第4番以降に比べると実演の機会は少ない曲だ。
バレンボイムの全曲CD(ベルリンフィル盤)は聴いたことがあるが、今回の演奏は長年率いてきたオーケストラということもありバレンボイムの意図するところをオケが余すところ無く表現しているのが分かる。
ノヴァーク版ではなく初稿の面影が残るエーザー版を選んだからか、ワーグナーも得意とするバレンボイムの骨太な表現がより輪郭を太くして聴衆に迫ってくる。
まさに至福の時間。お金と時間さえあれば、東京で全曲聴きたくなる衝動にさえ駆られてしまう。
終演後は私も思わず「ブラボー!」と叫んでしまいたくなるほどの興奮が冷めやらない。
何度か一般参賀する度に、大きな拍手を送ったことだ。

児玉音楽監督 最後のブルックナー。

創立35周年記念
≪軌跡 ①≫ ~児玉宏のブルックナー Vol.11~

2015年9月28日(月)19時開演
ザ・シンフォニーホール

指揮:児玉宏(音楽監督・首席指揮者)

フランツ・リスト: 交響詩「オルフェウス」 
リヒャルト・ワーグナー: ファウスト序曲
アントン・ブルックナー: 交響曲第9番ニ短調 ノーヴァク版(1951年)

音楽の神オルフェオに基づく交響詩「オルフェオ」は、ドラマの内容とは相反して、12曲あるリストの交響詩の中で、最も叙情性豊かな作品の一つです。 鋭い和声感覚と絶妙な管弦楽法を巧みに使い、ドラマの進行と共に変化する登場人物の細かい心理描写が、神話の世界に相応しい素朴なメロディーの流れとなって、紡がれてゆきます。この作品の中にあるリストの和声感覚は、ワーグナーの楽劇「ローエングリン」に通じるものがありますが、この楽劇が、リストが活躍した中部ドイツの都市ワイマールで初演されたことをご存知の方は、「運命の不思議」を思われるのではないでしょうか?
リストと同じようにワイマールで活躍したゲーテの戯曲「ファウスト」は、自分の運命を変えるために悪魔と取引をした男の悲劇。ドイツ音楽界の鬼才ワーグナーが、この題材を使って作曲し、唯一残された作品が「ファウスト」序曲。序曲という名が付けられていますが、実質的には交響詩です。ドラマに登場する主人公たちが持つ固有のテーマが、素晴らしい作曲手腕によって緻密な連携を持ち、作品を盛り上げていきます。悲劇の最後に残ったものは?
最終回を迎えることとなった「ブルックナー・シリーズ」。今回は、未完成で残された最後の交響曲「第9番」を演奏いたします。2005年に偶然始まり、11年間続いたシリーズですが、同じ楽団が同じ指揮者の下で、同じ作曲家の同じ系統の作品を演奏し続けることによって、「楽団の演奏様式」が確立し、「楽団固有の音」が生まれることになったのではないでしょうか?
今晩の演奏会で掲示される<ワーグナーはブルックナーの義理の先生(ブルックナーはワーグナーを師として仰ぎますが、授業は受けていません)>、<リストはワーグナーの義理の父親(コジマ・ワーグナーはリストの娘です)>という「三人の作曲家の軌跡」と同時に、11年間続いた「演奏の軌跡」、そして35年間存続し続けた「楽団の軌跡」を確認して頂けると、「軌跡①」というタイトルに込められた意味をお解かり頂けるのではないでしょうか?

11年間、このシリーズを聴き続けて下さった聴衆の皆様に、心からお礼を申し上げます。

大阪交響楽団 音楽監督・首席指揮者 児玉 宏

(ここまで大阪交響楽団ホームページから引用)

「児玉シンフォニカーに期待。」で初めて児玉さんのブルックナーを聴いたのが2007年9月の第120回定期演奏会。
それ以来、「ブル0聴き比べ。」(2012年9月)、「ブルックナー交響曲第00番。」(2014年9月)の重厚な演奏を味わってきたが、このシリーズもいよいよ最終回となった。

最後の曲は、もちろん第9番。未完の大作だ。
児玉さんの事だから、世界初演となる第4楽章加筆版を披露するかと思ったが、オーソドックスにノヴァーク版で締めくくることになった。

大阪の下町らしいお好み焼と生中を堪能して、ほろ酔い気分でシンフォニーホールのホワイエへ向かう。
経営が移管されるまでは開演前にビールやワインを立席テーブルで傾ける方が多かったが、今はほとんどの方がホットコーヒーなどノンアルコールをソファーに座り寛いでいる。
この雰囲気では開演前の赤ワインを楽しむことが出来ず、私もホットコーヒーでホッと心を鎮めるに留める。
ロビーで不意な行動をしてしまう。半年後には詳細をお伝えする事になるかも知れない(謎)

オルガン席で児玉音楽監督をお出迎え。
最初の曲は交響詩の父であるリストの作品。
児玉さんらしい彫りの深い造形を構築していく。

舞台編成を入れ替えたあと、ブルックナーが敬愛したワーグナー。
流れる旋律の中に、ブルックナー交響曲第9番第3楽章の冒頭に似たものがあったような気がする。
そして、この曲も実は当初「ファウスト交響曲」として構想された作品だった。
まさかとは思うが、この曲をブルックナーが言及したとされる「第4楽章の代理としての『テ・デウム』」の代わりに、しかも第1楽章の前に「序曲」を演奏して4楽章のように見立てようとしたのか。
先ほど気になった第3楽章冒頭の旋律が、再び頭を過る。

中休みは、やはり白ワインを頂きたくなる。
さすがにこの休憩時間は白ワインを傾ける方も結構見受けられる。
私もその中に混じり、琥珀色のワイングラス片手に一息つく。

いよいよ、今日のメインディッシュ。
第1楽章の重厚感あふれる旋律は、以前聴いた大植さんの軽やかな演奏とは好対照。
金管の狂いもほとんどなく、安心して演奏に身を任せられる。
児玉さんも、この曲にかける想いは半端ではないのだろう。
1楽章振り切ると、やはり小休止を取らないと次に進めないほどの魂の叫び。

第2楽章の咆哮は、パイプオルガンの金管を震わせるほどの大迫力。
弦楽と管楽との掛け合いが見事に響き合っている。

そして第3楽章に入ると、児玉さんの指揮に更に熱が入り力が込められる。
まさに「白鳥の歌」といった響きが、ホール全体を包み込む。
最後の響きを余韻で味わい尽くしたあと、大きな拍手が湧き上がる。
次々と放たれるブラボー砲も、この企画が無事完結したことに対する祝砲のようだ。
何度も指揮者がステージを出入りする度に、ひときわ大きな拍手に包まれる。
指揮者にとってもオーケストラにとっても聴衆にとっても、ホールにいる全ての人が幸せな気持ちにひたる事ができた名演であった。

至高の表現と言えよう。

15.7.4(土)15:00 いずみホール
宇野功芳 / 指揮 真夏の「第九」

ソプラノ/丸山晃子
アルト/八木寿子
テノール/馬場清孝
バリトン/藤村匡人
管弦楽/大阪交響楽団
合唱/神戸市混声合唱団

曲目
ベートーヴェン/歌劇「フィデリオ」序曲
交響曲 第9番 ニ短調 op,125「合唱付き」

(「関西クラシック音楽情報」から引用)
暑い7月に "第九"? という声もありそうだが、年末集中が少なくなって、"第九" も普通の曲目になった、そのひとつか。それでも、85歳の宇野功芳が "第九" ということになれば、話題にはこと欠かない。

宇野功芳は、音楽評論と合唱指導で知られているが、オーケストラの指揮も多い。ただ、ちょっと特異な演奏で、世間をさわがせることがある。"第九" も今回が7回目というが、どうやら普通の譜面ではない仕上がりになるらしい。ご本人には、それなりの意図があるので、それを推し量るのも楽しみ。

それに、曲の進行についても一家言あって、「第1・2楽章、第3楽章、第4楽章と、拍手で分断されるのは面白くない」といい、合唱は第4楽章の前に入れる。ソリストが並んで出てくるのは "やらない"、それとなく入ってくるようにする。そうでないと、ベートーヴェンが第4楽章で「それは違う、それも違う・・」というところにつながらないという。

合唱は40人ほど、オケは10型。"第九" を何度も聴いた人にとっても、興味がもてそう。
(引用終わり)

この演奏会を知ったのは、2ちゃんねるの大阪交響楽団スレッド。
今年で創立70週年を迎える「551の蓬莱」の社長が、宇野さんと旧知の仲だったという縁で実現した企画。
当初はモーツァルトK551の交響曲第41番「ジュピター」を演奏する案もあったらしいが、宇野さんの意向であえてこの曲になったようだ。

今までも数々の「快演」もしくは「怪演」を披露してきた宇野さん。
クラシックファンからも毎回賛否両論を巻き起こす独特の解釈と表現。
本人にとっては「血沸き肉踊る、魂の表現と言えよう。」といったところだろうが、少なくとも凡庸な演奏で終わることはない。

いずみホールは初めて訪れるコンサートホール。
ツイン21の飲食店フロアで昼食を頂き、オフィス街の雰囲気に包まれていたが、ホテルオークラの前を通り抜けると非日常の佇まいに変わってゆく不思議。
小雨が降る中、多くの観客が入口前に集まったため、開場時間が15分ほど早まる。
シンフォニーホールに比べるとこじんまりとしているが、ホワイエのドリンクカウンターやグッズカウンターは兵庫芸術文化センターに比べると居心地が良く品揃えも良い。

2階席は、宇野さんの表情がよく見える場所。
今日のコンサートは、あくまでもオケや歌手ではなく宇野先生が主役なのだ。

1曲目の歌劇「フィデリオ」序曲。
ベートーヴェンの名曲を、ワルターばりの悠然とした歩みで伽藍を構築してゆく。
「巨人の行進の如き、雄大な表現といえよう。」

若干の奏者追加と指揮者椅子の撤去が行われたあと、すぐに「第九」が始まる。
第1楽章は、「フィデリオ」に続き遅めのテンポで進んでゆく。
そして、ティンパニーの咆哮が力強くホールにこだまして、陶酔する観客を時折覚醒させる。
第2楽章は、若干テンポを上げ一般的な演奏テンポに近づきながら、メリハリのある表現を貫く。
一転して第3楽章は、美しい弦楽旋律の泉が観客席いっぱいに広がる。

さて、お待ちかねの第4楽章。
通常は予め立ち並んでいる合唱団が、第3楽章終了後にゾロゾロと舞台袖から入ってくる。
序奏は、聴こえるか聴こえないかくらいの静かな低音弦楽のトレモロ。
観客が聴き入っているところで、シンフォニック・シャウトが鋭く鼓膜に突き刺さる。
そして、いよいよバリトンの声が響き渡る…
どこから聴こえてくるのかと思い探すと、なんと私が座る2階席の舞台側テラスに立っているではないか。
そして、そこから階段を降りてオルガンステージへ。
これが、宇野さんがおっしゃっていた「仕掛け」なのか。
さらに、残り3人のソロ歌手もバリトンの歌唱に乗りながら階段を降りてくる。
4人揃い、見事な歌声を堪能したところで、合唱が始まる。
さすがは声楽指揮に定評がある宇野さん(そちらの方が本業という本人談もある)。
合唱については、オーソドックスにまとめられている。
最後の疾走は、名盤フルトヴェングラーのバイロイト盤ばりの加速感で大爆発!

演奏が終わると、観客は宇野先生に対する大きな拍手を送る。
言うまでもなく、通常の第九であれば、オケやソロ歌手に最大の賛辞を送るのだが、今日はもちろん宇野先生が主役だと改めて実感できる瞬間だった。

ブルックナー交響曲第00番。

第188回 定期演奏会 シェイクスピア生誕450年記念【じゃじゃ馬ならし】
≪≪ 児玉宏のブルックナーVol.10 ≫≫

2014年9月19日(金)19時00分開演

指  揮 : 児玉 宏(音楽監督・首席指揮者)
ピ ア ノ : 佐藤 卓史

ヘルマン・ゲッツ : 歌劇「じゃじゃ馬ならし」序曲
モーツァルト : ピアノ協奏曲 第15番 変ロ長調 K.450
ブルックナー : 交響曲 第00番 ヘ短調


児玉さんと大阪交響楽団とのブルックナーシリーズも、今回が第10回。
いよいよ次回が最終回の9番となるが、その前に00番を持ってくるあたりが児玉さんらしい。
00番というのはあくまでも後世に付けられた番号で、ブルックナー自身は「価値の無い習作」だと考えておられたようだ。
確かに、0番を含めた10曲の交響曲に見られる典型的な原始霧(ブルックナー開始)は見られないし、オルガン的な響きというよりは模範的な交響曲様式をなぞっているようにも聞こえる。
しかし、音の重ね方などはまさにブルックナーならではのものであり、しばしば交響曲全集からも外される不遇は実演を聴けば改められるかも知れない。

冒頭の「じゃじゃ馬ならし」は、生誕450年を迎えるシェークスピアの戯曲を題材にしたオペラの序曲。
よくぞまあ、このような埋もれた作品を掘り起こしてくれるものだと、児玉さんの選曲には毎回感心させられる。
ブルックナーと同世代とのことだが、もう少し世俗的な響きだ。
若くして亡くなってしまったこともあろうが、口当たりの良い序曲という以上の印象は受けられなかった。

モーツァルトのピアノ協奏曲は20番以降の作品(8曲)が演奏される機会が圧倒的に多い。
しかし、それ以外の19曲ももちろん天才モーツァルトから生まれた逸品だ。
彼の予約演奏会、今で言うライブツアーで披露してきた渾身の作品は、聴衆に受け入れられやすいように構築されたモーツァルト様式が15番の段階で既に確立されている。
20番以降の作品を実際に弾いたことがあるからこそ分かるのだが、第1楽章から第3楽章までの展開が20番以降の著名な作品といささかも変わりがない。
モーツァルトピアノ協奏曲全集CDを持っている私も15番は数回しか再生したことがないのだが、それでも楽曲の流れがだいたい予想通りに進んでいくのは心地よくもあり、新鮮味に乏しいという印象も受けた。
若きピアノソリストの佐藤さんがこれから経験を積めば、新たな発見が生まれるかも知れない。

新鮮だったのは、佐藤さんのアンコール曲。
実は、ブルックナーにもピアノ作品があったという事実を知ったのが今回一番の衝撃だった。
「秋の夕べの静かな物思い」という曲で、オルガニストとして著名だったブルックナーの固定概念が少し良い意味で崩された。
今回のコンサート最大の収穫は、実はこの曲だったのかも知れない。

メインディッシュのブルックナー。
児玉さんらしい雄弁なブルックナー像は、0番から8番までの9曲と変わることがない。
第1楽章こそブルックナーというよりはシューベルトからシューマンに至るロマン派の作風が見え隠れするが、第3楽章などは9番の第2楽章にも通じるブルックナー和音が堪能出来る。
むしろ、めったに演奏されない楽曲であるが故に、ブルックナーの要らぬ固定概念を持ってしまっている初心者にもすんなりと受け入れやすい演奏に仕上がっている。

来年は、いよいよ千秋楽の9番。
期待を裏切る事は、もはやないだろう。
あとは所用が入らないよう祈るだけ。

22年ぶりの「再会」。

神戸フィルハーモニック
第68回定期演奏会 ~若き情熱と高揚の時~ 
2014/6/21(土) 16:00開演
神戸文化ホール 大ホール (兵庫県)
指揮:朝比奈千足
【曲目】
ディーリアス 春、初めてのカッコウをきいて
コープランド バレエ組曲「アパラチアの春」
シューマン 交響曲第1番 Op.38「春」<マーラー版>

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神戸の市民オーケストラである神戸フィルハーモニック。
普段は、この類の市民オケを聴くことはない。
しかし、神戸フィルハーモニックだけは別だ。

音楽監督の朝比奈千足さん。
ご存知、朝比奈隆さんのご子息だ。
私にとっては、1980年代後半にKBS京都で放送されていた「ミュージックステーション」→「ミュージックワイナリー」のパーソナリティでもある。
何度かこれらの番組にはがきを投稿して読んでいただいたが、実演に接する機会が今日までなかった。
神戸フィルハーモニックの定期演奏会もなかなか訪れる事が出来なかったが、ようやく念願が叶った次第。

メインの曲がシューマンの交響曲、しかもマーラー版という事にも心惹かれた。
シューマンのオーケストレーションについては様々な意見があり、マーラーに至っては楽譜を書き換えてしまった。
オリジナル至上主義の現在は顧みられる機会は少なくなったが、それでも一部指揮者が取り上げレコーディングされることもある版だ。
実はこの曲が現在演奏される時に用いられるのは、シューマン自身が施した改訂版。実はマーラー版の基でもある原典版(初版)もあるのだが、こういう話をしだすとブルックナー改訂版問題にも飛び火しそうなので、一旦筆を置こう。

会場の神戸文化ホールも初めて訪れるホールだ。
いかにも地方公共団体が作りましたといった雰囲気が漂い、古さも感じてしまう。
6月によく似合う紫陽花の壁画は、「智恵子抄」で知られる高村智恵子の作品だ。

自由席なので、良い席に座りたい方が長い列を作っている。
私は正直そこまでこだわらないので、開場ギリギリで並んだ。
2400席の大箱なので、そんな並びで入っても十分良い席を確保出来た。

席を確保したあと、ロビーのカウンターに向かうと、これまた無粋な、売れそうな本数だけ並べた田舎の無名コンビニの陳列棚のような冷蔵庫が物悲しい。
気を取り直しロビーに戻ると、開演前のロビーコンサートが始まった。
「水戸黄門」「ルパン三世」など、ファミリーや年配夫婦が多い客層に合わせた曲目で楽しませてくれる。

ロビーコンサートのあとは、朝比奈さんがプレトークで楽曲を解説する。
解説の前にワールドカップの話題を出して話に引き込むのは、さすがの話術だ。

前半の2曲については、別の方が書いておられるであろうブログを是非ご参照下さい。
正直、あまり馴染みがない曲なので、感想の書きようがない。

休憩中、結局場末な雰囲気が漂うカウンターに向かい、ホットコーヒーなどを飲んでしまう。
冷房が大変よく効いていて、肌寒いくらいだったからということもある。

メインのシューマン「春」。
冒頭のファンファーレが改訂版に比べると3度低く始まるところからして、違和感がある。
マーラー版は、確かに各パートの聴かせどころが際立っている。
しかし、改訂版の微妙に混沌としていて影がある部分もシューマンらしさでもある。
数カ月前に聞いたマーラーの交響曲について書いた時にも述べたが、私がマーラーの交響曲にとっつきにくい理由にも関係ありそうに思えた。

アンコールは、交響曲第1番と同時期に作曲された第4番から第3楽章が演奏される。
続けて聴くと、なんとなくこれが第2番だと言われても納得してしまいそうだ。

より以前の記事一覧