北摂地域のミニFM文化。
1990年前後、まだ関西に民放FM局が2局(FM大阪とFM802)しか存在していなかった時代。
個人が開局するミニFM放送局ブームが関東・近畿を中心に広がっていた。
近畿では西大阪地区・豊中地区・枚方寝屋川地区・東大阪地区・河内地区の各地域でそれぞれネットワークが形成されており、相互間の連携も一部では存在した。
当時北摂に住んでいた私も、団地高層階という立地条件が幸いして北摂地域のミニFMを受信する機会を得られた。
私が主に受信していたのは枚方寝屋川地区のキー局3局(YYS/KFS/KYC)。
YYSは西大阪地区と連携しつつも独立局的な存在で、週末の電話リクエストが主であった。
KFSも西大阪地区と連携しつつ、リスナーから開局の道へ進んだ局をネットワークに巻き込み1大勢力を築き上げていた。週末にはネット局と共同で電話リクエストを実施しつつ、アマチュア無線で「ラグチュー」と呼ばれる世間話に花を咲かせていた。西大阪地区の中心的存在であったNBS-FMのメイン番組「フライト・オブ・キングギドラ」が鉄道ネタを多く取り上げていた事もあり、私自身もリスナー・中継局双方の立場で関与していた。
KYCも元はKFSとのネットワークを形成していたが、様々な経緯がありKFSとは別個のネットワークを形成していく。こちらには長老的(年齢的にも技術的にも)存在であったFM798さんの存在が大きく、KFSと袂を分けてからは対立姿勢を強めてゆく。こちらも週末は電話リクエストを行い、1990年初頭には24時間電話リクエストを敢行した事もある。リスナーの集いなどのイベントを開催した事もあり、私もリスナーとしての立場で(実は局長としてはKFSに近い立場にあったのだが、正直電話リクエストやラグチューはKYCの方が面白かった)参加した事もある。
リスナー層も日々拡大し、NHK-FM・民放FMのいずれもカバーし切れなかった需要を見事に捕らえていたのだが、民放FMの相次ぐ開局(Kiss-FM、α-station)による周波数の減少や電監の取締強化(豊中地区の中心的存在であったTIN-FMの電波法違反検挙は象徴的な事件であった)、さらに局長やリスナーの環境変化も相まってミニFM文化は1990年以降徐々に衰退し、1990年代前半が終わる頃にはほぼネットワークは消滅した。
今頃になってこのような昔話を記録するきっかけになったのが、先日とある旧関係者から頂いたメール。
修士論文のテーマとして1990年前後のミニFM文化を現在のインターネット文化(とりわけblogやSNS文化)と対比して検証したいという趣旨であり、私も微力ながら協力したいと考えている。
往時の記録はネット上にも意外と残存せず、特に枚方寝屋川地域の記録は検索し尽くしてもほとんど見つからないのが現状である(前述の事情で、KFS側・KYC側双方とも書きにくい事情がある事は理解するが)。
今回私が協力したいのも、記録の少ない部分について是非何らかの資料に残しておきたいという思いがある。
私にとって高校時代はアマチュア無線とミニFMに明け暮れた時代でもある(当時は鉄道趣味から一瞬距離を置いた時期でもある…この時代があるからこそ大学時代に鉄道趣味への傾倒が強まったとも言える)ので、この時代を何とか形に残しておきたいという気持ちがここ数日強まっているのも事実である。
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